本研究プロジェクトは、「知的撤退の研究―慣性の力学からの撤退可能性を探る」というものである。出発点には、日本の現況に対する危機意識がある。日本は、これまで人類が経験してこなかった諸問題に見舞われているのではないか。急速な人口減少、地方消滅、財政赤字、年金崩壊、環境激変――これらは、すべて生活習慣病に似ている。これまでの価値観や生活スタイルを根本的に改めない限り、いずれ大変な事態が訪れるのではないか。だが、そう不安を抱きつつも多くの者は、慣性の病を克服できない。カタストロフィー前の方向転換はいかにして可能なのか。文明は今、その答えを欲してはいないか。本プロジェクトは、現代日本の社会的諸課題から出発し、世界に知的撤退の可能性を提起する。撤退は敗北ではなく、知性の証である。
【構成】
撤退学は3つの部門に分かれる。第一に、「基礎研究:撤退的知性の解明」が挙げられる。基礎研究における「主要な問い」は以下のとおりである。(1)何故「撤退」という行為は「敗北」と意味づけられ、知性の証と捉えられてこなかったのか? (2)生物において、オブジェクトレベル(自らのパースペクティヴによる目的遂行)とメタレベル(他者のパースペクティヴによる目的評価)を、同時に実践する可能性の条件は何か?(3)目的遂行的な「行為」であり、同時に完全性の「反復」であることは可能か? これらの問いを、十分に問うために、基礎研究では、特に以下の諸テーマを探究する。(1)「無知性」と「知性(動物やAIを含め)」の境界、および「知性」と「反知性」の境界に関する研究。(2)生物の目的遂行能力および内省能力に関する研究。(3)仏道・茶道・華道・武道等、「道」における達人の研究。
次に、第二の部門として「実証研究:慣性の力学の史的解明」が挙げられる。ここでの「主要な問い」は、日本が何故無謀な戦争を止めることができなかったのか、という命題である。これを十分に問うために、日本社会における意思非決定メカニズム、すなわち「慣性の力学」の探究が必要となる。その際には、日本において「道」が果たした両義的な役割が問われることとなろう。
次に、第三の部門として「実践研究:近代システムからの撤退可能性の探究」が挙げられる。ここでは特に、資本主義からの撤退可能性、家族や学校や職場からの撤退可能性、都市や農村における撤退可能性、アートにおける「撤退=創造力」の可能性が探究される。これらの探究は、「仕事文化研究ユニット」「自律的コミュニティ研究ユニット」「路地文化研究ユニット」「『美術は教育』研究ユニット」と密接に連携しつつ進められる。
【計画】
2021年は、「始めるとき」と位置づけられる。マニフェスト『撤退学宣言』を策定し、新しいムーヴメントを広報したい。また、それぞれの研究部門ごとに研究の基本方針を定め、研究者ネットワークの構築を目指す。2022年は、「知られるとき」と位置づけられる。シンポジウムを連続的に開催し、ムーヴメントの具体化を目指す。2023年~24年は、「纏めるとき」と位置づけられる。共同研究の成果を出版し、撤退学の知見を江湖に問う。 2025年は、「考え直すとき」と位置づけられる。何も分からない。