本研究の目的は、過疎地における民俗芸能の持続的な継承のために、都市と当該村落が連携して新たな担い手を創出するシステムを構築することにある。芸能の安定的継承はコミュニティの文化的アイデンティティだけではなく、コミュニティそのものの維持に貢献する。しかし過疎地には余力がない。本研究では都市住民が参入できるシステムを構築し、村落・都市両住民によって貴重な文化とコミュニティの消滅を未然に防ぐ試みを提案、実践する。
本研究での当初の対象となるのは奈良県吉野郡十津川村の盆踊りである。この盆踊り(大踊)は1989年に国の重要無形民俗文化財に指定され、2枚の舞扇を巧みに操って20種類以上の踊りを一晩で演じる風流系の盆踊りとして名高く、文化財として貴重である。十津川村ではこれまで教育委員会や踊り保存会によって子どもや若年層に教えるなど、伝承への様々な努力が払われてきたが、高齢化、少子化の波に対応できず、万策尽きた状態となっている。その対策には新たな視点、戦略が必要である。
そこで本研究では、都市住民との協働によって芸能の持続的な存続をめざす手法を実践的に解明することとした。それは都市部の市民を担い手にするという、大胆な転換を軸とする。その試みは2015年に大阪市内で大字武蔵の踊りの稽古の会として始まったが、奈良県立大学においても2021年にCHISOU事業との共同で大字西川地区の踊りを習得するワークショップが開始され、2022年の豆名月(10月)の踊りには、県立大学生が参加した。近年、滋賀県高島市朽木古屋の六斎念仏踊りや奈良県五條市大塔の篠原踊りが、都市住民の習得によって復活するなどの動きが出てくるなど、民俗芸能は地元のものという固定観念が揺らぎつつある。先行研究に乏しいなか、試行を重ねながら、現場への関わりを深く行うのが本研究の特徴である。
本研究の意義は、「村落・都市共創システムの構築」という新たな概念を民俗研究に持ち込むこと、さらにそれをモデル化することによって、全国の同様の問題を抱えている民俗芸能の現場にフィードバックできることなどを挙げることができる。